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奈良地方裁判所 平成5年(ワ)672号 判決

主文

一  被告高垣厚夫(以下「被告高垣」という)は、原告に対し、五二八万二八〇一円及びこれに対する平成六年二月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金額の支払をせよ。

二  被告日新火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という)は、主文一項の判決が確定したときは、原告に対し、五二八万二八〇一円及び右判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金額の支払をせよ。

三  原告のその他の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告高垣は、原告に対し、五六〇万二一〇七円及びこれに対する平成六年二月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え

2  被告会社は、被告高垣に対する本件事件判決が確定したときは、原告に対し、五六〇万二一〇七円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え

3  訴訟費用は被告らの負担とする

との判決及び仮執行宣言。

二  被告ら

1  本案前の答弁

「原告の訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。

2  本案に対する答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。

第二当事者の主張

一  被告らの知らない、あるいは争う原告の請求原因事実

1  原告の地位

原告は、地方公務員災害補償法(以下「法」という)三条により設置された法人である。原告は、法五九条一項により、補償の原因である災害が第三者の行為により生じた場合に補償したときは、その価格の限度において、補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する。

2  本件事故の発生

訴外安部千恵子(以下「被害者」という)は、生駒市役所職員であるが、次の交通事故(以下「本件事故」という)により、後記損害を被つた。

(一) 発生日時 昭和六一年三月一九日午後七時三四分ころ

(二) 発生場所 生駒市辻町三九七番地先

(三) 加害車 訴外竹谷章(以下「竹谷」という)が所有し、被告高垣が使用する軽四貨物自動車(以下「加害車」という)

(四) 右運転者 被告高垣

(被告らは、本件事故の被害者、発生日及び加害車の所有者が原告主張のとおりであることを認める)

3  本件事故態様

被害者は、生駒市役所での残業を終えて、原動機付自転車(以下「被害車」という)を運転し、通勤手段方法の届出通りの経路を帰宅途中に、本件事故発生場所の国道上において、自車の進路左前方に停車中の加害車が右前方向に向けて突然発進した上、被害車の進路前方に出てきたため、当該加害車を避けることができず、加害車の右前部に接触したため転倒し、よつて、舗道に頭部を衝突させて強打し、意識不明となつた。

4  被告高垣の責任

被告高垣は、加害車を運転して停車中に右前方に発進する場合には、あらかじめ右後方を確認し、後方から近づいてくる車両のないことを確認するなどして、安全を確認すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と加害車を発進走行させた過失により、右後方から走行してきた被害車に加害車を衝突させたものであるから、民法七〇九条により、被害者に生じた後記損害を賠償すべき義務を負う。

5  被告会社の責任

竹谷は、本件事故当時、被告会社との間で、加害車につき、対人賠償保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結していた。本件保険契約の約款によれば、被告会社は、被保険者と損害賠償請求権者との間で損害賠償額が確定したときは、その損害賠償額を損害賠償請求権者に支払うものと規定されている。

(被告らは、5項のここまでの事実を認める)

よつて、被告会社は、被害者と本件保険契約の許諾被保険者である被告高垣間において損害賠償額が確定したときは、その損害賠償額を、被害者に支払うべき義務がある。

(被告らは、被告高垣が、本件保険契約の許諾被保険者であることを認める)

6  被害者の受傷及び治療状況

被害者は、本件事故により、頭部外傷Ⅳ型、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、脳内血腫、遷延性意識障害等の傷害を受けた。

被害者は、右傷害の治療及び右傷害に起因すると解される自律神経発作及び低血糖症発作による治療等のため、本件事故発生日から症状固定の診断を得た平成五年七月一四日までの間、入院ないし通院治療を継続してきた。

7  被害者の損害

原告は、被害者の本件事故に基づく前項の入院ないし通院治療の費用として、法二六条及び二七条の規定により、別紙療養補償金支給一覧表記載の支払い年月に記載した年月ごとに、補償医療機関欄記載の医療機関における診療期間欄記載の期間(日数欄記載の治療日数)の診療費用について、金額欄記載の療養補償金を支払い、その合計金額は四六六万六一〇七円となつた。

8  原告の求償権

原告は、被害者が被告高垣の不法行為によつて被つた6項記載の負傷の治療等のため、7項記載の療養補償の支給を行つたので、法五九条一項の規定により、当該補償を受けた被害者が、被告高垣に対して有する損害賠償請求権及び被告会社に対して請求することのできる5項記載の保険金請求権を取得した。

9  弁護士手数料

原告は、被告らが8項記載の各請求権による求償請求に応じるようしばしば催告したが、被告らはこれを争い、右求償請求に応じなかつた。そこで、原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟手続を委任し、本件訴訟を提起するに至つた。

原告は、本件訴訟手続を委任した原告訴訟代理人に、手数料(着手金及び報酬)として合計九三万六〇〇〇円を支払うことを約した。

右手数料は、本件事故と相当因果関係のある損害として、被告らが負担すべき費用である。

二  本件請求

よつて、原告は、

1  被告高垣に対し、一項8記載の損害賠償請求権及び同項9記載の弁護士手数料の合計金五六〇万二一〇七円並びにこれに対する本訴状が同被告に対して送達された日の翌日である平成六年二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い

2  被告会社に対し、一項8記載の保険金請求権及び同項9記載の弁護士手数料の合計金五六〇万二一〇七円並びにこれに対する本件判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い

を各求める。

三  請求原因に対する被告らの否認理由

被害者の受けた外傷について通常要する治療期間は、事故時(昭和六一年三月一九日)から長くとも三年間である。五項1(二)記載の平成二年一二月一九日(原告の求償権についての時効消滅時点)よりも後の治療対象は、自律神経発作及び低血糖症発作のみであつて、右症状と本件事故との因果関係は存しない。

四  原告の争う被告会社の本案前の主張(なお、被告高垣も、その答弁書において同様の主張を行うが、同被告の主張としては失当であることが明白であるので、主張としては取り上げない)

一項5記載の原告の請求原因事実によれば、被告会社は、被保険者(被告高垣)と損害賠償請求権者(被害者)との間で損害賠償額が確定することを条件に、その損害賠償額を損害賠償請求権者(被害者)に支払うべき義務がある旨主張する。

しかしながら、被害者(訴外安部千恵子)と被告高垣との間には、未だ訴訟も係属していない。そのため、本件訴訟手続において、右被害者と被告高垣間の損害賠償額を確定させることは不能である。

よつて、不能の停止条件を付した法律行為は無効であるので、本件訴えは却下すべきである。

五  原告の争う被告らの抗弁

1  消滅時効

(一) 原告は、被害者の本件事故による損害賠償請求債権のうち、治療費請求権だけについて権利を取得したのであるから、右治療費請求権について時効期間が進行する。そして、右治療費請求権のうち、入院費については退院日から、通院中の治療費については当該治療日から、それぞれその請求権を行使できるのであるから、右退院日あるいは治療日、遅くとも原告が右治療費を医療機関に支払つた年月日(別紙療養補償金支給一覧表参照)から時効期間が進行する。

(二) 本件訴訟が提起されたのは、平成五年一二月二〇日であるから、その三年前(民法一七〇条一項参照)である平成二年一二月一九日までの治療費請求権については、時効によつて消滅している。

(三) 被告らは、平成六年九月一九日の本件第五回口頭弁論期日において、右の時効を援用する旨の意思表示をした。

2  過失相殺(予備的抗弁)

本件事故は、被害者が先行する加害車に追突ないし衝突してきたものであるから、被害者に五〇パーセントの過失があるので、損害額の算定においては、被害者の右過失を考慮すべきである。

六  被告らの抗弁に対する原告の反論

1  五項1の主張について

被害者は、本件事故によつて受けた傷害に起因する自律神経発作及び低血糖症発作等による治療を継続し、ようやく平成五年七月一四日に至つて症状固定を見、被害者の損害の範囲と内容の全体が明らかになつた。そうすると、本件事故による損害賠償請求権の消滅時効期間は、右症状固定日から進行する。

2  五項2の主張について

本件事故における加害者側の過失は、道路の左路肩駐車中の車両を右前方向に発進させる際に、右後方の確認を怠つたものである上、被害者は原動機付自転車に乗つていたのであるから、二重の意味で加害車側の過失が重大といえる。

七  被告らの争う原告の再抗弁

1  被告会社は、原告に対し、次の経過のとおり、繰り返し、本件事故の被害者との示談が成立するまでは本件求償権に係る損害賠償金の支払を待つてほしい旨を申し出て、示談あり次第に右賠償金を支払うことを確約してきた。

(一) 被告会社は、原告に対し、平成元年九月ころ、被害者が治癒して示談が成立し次第、本件求償請求に応じる旨を約した。

(二) 被告会社は、原告に対し、平成元年ころ、平成二年一月ころ、同年六月ころに、本件事故の療養補償の求償請求にかかる損害賠償金については、原告において補償金の支払を先行して欲しいこと、原告からの補償先行額については、被害者が治癒して示談が成立すれば直ちに原告からの求償請求に基づき支払うことを確約した。

2  被告会社は、1項記載のとおり、原告に対する右各意思表示によつて、原告に対し、本件事故の被害者が治癒して示談が成立するまでは、損害賠償金の支払を猶予してほしい旨の申し出をし、被害者の治癒と示談成立後は当該求償請求に応じることを確約していたのであるから、被害者の治癒及び示談成立までは、当該損害賠償請求に対する消滅時効期間は進行せず、かつ、その間は、被告会社において、消滅時効の援用をしない旨約していた。

3  被害者の症状固定日は平成五年七月一四日であるし、現在も被告会社と被害者との間で示談は成立していないから、被告会社は、右消滅時効を援用できない。

4  1、2項の被告会社と原告との交渉経過に基づけば、被告会社が本訴において右消滅時効を援用するのは、信義則に反し、許されない。

5  そして、被告会社が、保険約款上、被保険者である被告高垣のために、その同意を得て原告と交渉してきたことにかんがみると、被告会社の行為は、被告高垣のための代理行為として、その効果は当然に被告高垣にも及ぶのであつて、右1ないし4項の原告の主張は、被告高垣についても、同様妥当する。

なお、仮に、被告会社が被告高垣の代理権を有していなかつたとしても、保険会社たる被告会社が、保険契約を踏まえて交通事故の加害者たる被保険者の利益のために示談を代行することが社会的にも一般的な行為として認識されているから、原告にとつては、被告会社が被告高垣の代理権を有していると信じるについて過失がなかつたといえる。そうすると、被告会社のした行為の効果は、民法一〇九条、一一〇条の適用ないし類推適用の法理により、被告高垣にも帰属すると評価判断すべきである。

八  原告の再抗弁に対する被告らの反論

1  七項1ないし3の主張について

(一) 主位的

原告の主張によると、本件求償権の行使は、被害者との示談が成立するまでは行わないというのであるが、被害者の示談は、現時点においても成立していないから、原告は、被告会社に対し、本件求償権を行使できない。

(二) 予備的

原告は、被告会社が被害者と加害者の示談が成立するまで本件求償権を行使しないと確約したにもかかわらず、右示談が成立していないことを知りながら、平成元年九月二五日に右求償請求を行い(乙二)、平成五年一二月二〇日に本件訴訟を提起した。右事実によると、原告は、仮に被告らから右示談成立まで右求償請求を猶予してほしいとの要請があつたとしても、それを無視していたことが明らかであるから、原告は、いつでも本件求償権を行使できたといえる。

2  七項4の主張について

原告は、地方公務員災害補償組合という全国組織の治療費等を支払つた場合に求償を行うことの法律的専門家組織であつて、人的・物的組織が充実している。原告は、右治療費を支払つた後直ちに訴訟上請求したり、民法上の時効中断手続を取つたりできたにもかかわらず、それをしなかつたというに過ぎず、このような職務上の怠慢の責任を、被告会社に転嫁することは許されない。

3  七項5の主張について

右主張に係る被告会社の行為は、被告会社の保険金支払に関してなしたものであつて、被告高垣の代理行為としてしたものではないし、被告高垣も、本件事故の示談交渉を被告会社に委任したことはない。

第三証拠

訴訟記録の調書(書証目録、証人等目録を含む)の記載を引用する。

理由

一  被告会社の本案前の主張〔事実及び争点欄第二(以下「主張」という)四項〕について

被告会社は、被害者と被告高垣との間では未だ訴訟も係属していないから、本件保険契約の約款において、被告会社が損害賠償金を支払うべき場合とされる「被保険者と損害賠償請求権者との間で損害賠償額が確定したとき」という条件を満たすことは不可能であり、本件訴えは却下すべきである旨主張する。

しかしながら、原告は、主張一項8に記載したとおり、法五九条一項により、補償の原因である災害が第三者の行為によつて生じた場合に補償を行つたと主張するのであるから、同条項により、右補償をした価格の限度において、補償を受けた者(被害者)が第三者(被告高垣)に対して有する損害賠償請求権を取得したものといえる。

そうすると、原告は、本件保険契約の約款にいう「損害賠償権者」といえるのであつて、原告と被告高垣間の本件訴訟について判決がなされ、それが確定することにより、右約款にいう「被保険者(被告高垣)と損害賠償請求権者(原告)との間で損害賠償額が確定したとき」の要件が満たされることになる。

してみると、被告会社の本案前の主張は失当である。

二  請求原因(主張一項)について

1  弁論の全趣旨によると、主張一項1、8、9の事実及び同項5の事実のうち争いのある事実が認められる。

2  いずれも成立に争いのない甲一ないし六、甲一〇ないし一七、その外観及び記載の体裁から真正に作成されたものと認められる甲二九の一、二によると、主張一項2ないし4、6の事実が認められる。

なお、被告らは、被害者の自律神経発作及び低血糖症発作は、本件事故と因果関係を有しない旨主張する(主張三項)

しかしながら、前掲甲一五ないし一七(甲二三ないし二五はその内容をワープロ印刷したもの。証人辻浩一の証言参照)及び甲二九の二(甲三〇はその内容をワープロ印刷したもの。同)によると、被害者の主治医は、被害者の自律神経発作が外傷性のものであることは明らかであり、突発性低血糖発作も外傷性由来と考えざるを得ない旨判断しているのであつて、右各発作の症状も、本件事故と因果関係があるものと認められる。

そして、乙八、乙九の一、二の存在も、甲二九の二の記載内容に照らすと、右認定を覆すに足りない。

3  成立に争いのない甲八によると、主張一項7の事実も認められる。

三  被告らの抗弁1(主張五項1。消滅時効)及びそれに対する再抗弁(主張七項について

1  前掲甲八によると、原告は、昭和六一年九月三〇日、県立奈良病院及び天理よろづ相談所病院に対し、本件事故によつて被害者の受けた傷害についての治療費を補償したのを始めとして、以後平成五年一〇月二九日までの間、本件事故による被害者の傷害についての治療費を補償したことが認められる。

そうすると、原告は、右補償の日において、右補償に係る治療費に相当する金額につき、被害者の被告高垣に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を取得したものといえる。そして、右損害賠償請求権は、原告において、直ちに行使することができたから、右補償の日から、民法七二四条所定の三年間の消滅時効期間が進行したものと解される。

また、被告らが、平成六年九月一九日、原告に対し、右消滅時効を援用する旨の意思表示をしたこと(主張五項1(三))は、当裁判所に顕著である。

2  そこで、原告の再抗弁について検討する。

(一)  成立に争いのない甲九、一九、二二、二六、乙一ないし三、その外観及び記載の体裁から真正に作成されたものと認められる甲三四、三五、証人辻浩一の証言並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六三年一〇月ころ、被告高垣に対し、その時点での原告から被害者に対して行つた本件事故による損害(治療費)の療養補償金額である二八八万九二二五円を、法五九条の規定による損害賠償として求償することになる旨の通知をした(甲二六)。

(2) 原告は、平成元年九月二五日付けで、被告会社に対し、その時点での前同様の療養補償金額である三五四万七六二〇円を、同条の規定による損害賠償として支払うよう請求したところ(乙二。被告会社においては、同月二七日受付)、被告会社の担当者は、被害者が治癒し、示談が成立し次第、原告からの求償に応じる旨返答した。

(3) 被告会社の担当者豊田英夫は、平成二年一月二九日、原告から被害者に対して補償を先行してほしいこと、右補償額については、原告からの請求に基づきその求償に応じることを確約する旨の書面(甲一九)を原告に対して交付した。

(4) 右豊田は、同年六月二七日、原告に対し、被害者との示談が成立していないので、右求償に応じることはできないが、九月ころまでには示談の見込みである旨告げたので、原告は、右趣旨を了解した。

(5) しかしながら、被害者は、二項2で認定したとおり、平成五年七月一四日に症状固定診断を受けるまで本件事故による傷害が治癒せず、また、被告高垣あるいはその保険者である被告会社との間で示談も成立しなかつた。

(6) 被告会社は、平成三年九月六日、本件事故に関する損害賠償請求権が時効によつて消滅したとの社内処理を行つた。

(7) 被告ら訴訟代理人は、平成五年四月一六日、原告から被告会社に対する(2)記載の請求に対し、消滅時効の援用をする旨の通知をした。

(8) 原告は、平成五年一二月二〇日、被告らに対し、本件訴えの提起をした。

(9) なお、現時点において、被害者と被告高垣あるいは被告会社との間で、本件事故による損害賠償についての訴訟は係属していないし、右当事者間で、示談の成立する見込みもない。

(二)  以上の事実によると、次のようにいえる。

(1) 原告は、昭和六一年九月三〇日以降に取得した法五九条による損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という)についての消滅時効期間である三年間が経過する以前である平成元年(昭和六四年に相当)九月二七日に、被告会社に対して、右損害賠償に応じるよう請求したところ、被告会社の担当者はそれを承認(民法一五六条)した。

(2) 同日から再び進行を始めた消滅時効期間である三年間が経過する以前である平成二年一月二九日及び同年六月二七日にも、被告会社担当者は、本件損害賠償請求権を承認すると共に、そのころ、原告と被告担当者との間で、被害者と被告会社との間での示談が成立するまでは、原告から被告会社に対して、右損害賠償の請求はしないことが約され、右示談が成立するか、あるいは右示談の成立しないことが確定するまでは、右消滅時効期間は進行しないこととなつた。

(3) ところが、被告会社は、内部的には平成三年九月六日に、消滅時効を原因として、被害者への損害賠償には応じない旨決定し、その意思は、平成五年四月一六日、原告に対して表示され、外部的にも明らかとなつた。

(4) よつて、右消滅時効期間は、右表示が原告に到達した平成五年四月一六日ころから再び進行を始めたところ、同日ころから三年間が経過する以前である平成五年一二月二〇日、本件訴訟が提起された。

(三)  そうすると、原告の被告会社に対する本件損害賠償請求権は、時効の中断、あるいは原告と被告会社間での支払時期の約束により、未だ時効消滅していないものと解される。

(四)  ところで、原告は、(一)の(1)で認定したとおり、被告高垣に対しては、昭和六三年一〇月ころに、本件損害賠償請求権の催告をしたに止まり、以後、時効中断等の措置を取つていないから、原告の被告高垣に対する本件損害賠償請求権については、既に時効期間が経過したものと解せられる。

そして、被告会社は、本件保険契約に基づき、被保険者である被告高垣の負担する損害賠償責任をてん補する義務を負つているに過ぎず、保険約款上、自動車事故の被害者の便宜のため、右義務の履行方法として被害者の直接請求権を認めてはいるものの、保険会社は、被保険者が負担しない賠償義務までをも負うものではないと解するのが相当である。

そうすると、原告の被告高垣に対する本件損害賠償請求権について、同被告が消滅時効を援用すること((一)の(7))によつて、被告会社も、原告の本件損害賠償請求に応じる必要がなくなるもののようにも解せられる。

(五)  しかしながら、被告高垣は、本件保険契約の被保険者であるから、その保険金額(成立に争いのない乙七によると、本件保険契約の保険金額は、対人賠償一名につき一億円と認められる)の範囲内においては、実際に本件損害賠償請求に応じて賠償する必要はなく、被告高垣が右消滅時効を援用することによつて出捐を免れるのは、専ら被告会社であつて、被告高垣については、何らの利益も生じないものといえる。

そうすると、被告高垣において右消滅時効を援用することは、(一)ないし(三)で指摘した、原告が、被告会社との間では、時効の中断等の措置を取つていたこと等の事情にもかんがみると、信義に反し許されないものと判断する。

そして、同様の理由により、被告会社において、被告高垣の消滅時効を援用することも許されないものと判断する。

(六)  してみると、被告らの消滅時効の抗弁は、理由がない。

四  抗弁2(過失相殺。主張五項2)について

1  二項3で認定した本件事故態様及び被告高垣の責任(主張一項3、4)の事実に、前掲甲二、三を総合すると、本件事故は、被告高垣が、車道左端から加害車を右前方に発進させる際、後方から近づいてくる車両のないことを十分に確認すべき注意義務を怠つたことを主たる原因として発生したものではあるが、被害者においても、停車中の車両の動向に注意して、ハンドルやブレーキを的確に操作し、加害車との衝突を避けるべき注意義務があつたのに、加害車が発進した際、何らブレーキを掛けずに加害車と衝突した点において、若干の落ち度があつた。

2  そうすると、被害者においても、五パーセントの割合の過失があつたものと判断する。

3  なお、被告らは、本件事故態様が、被害者において先行する加害車に追突ないし衝突してきたものである旨主張するが、1項の認定事実によると、本件事故は、加害車がその右前方に発進した際、その右前部を被害車に衝突させた結果生じたものであつて、右主張は採用できない。

五  まとめ

1  原告の被告高垣に対する求償権について

二項1、3で認定した事実(主張一項7、8)によると、原告は、法五九条一項により、被告高垣に対し、四六六万六一〇七円の求償権を取得したが、右求償権は、加害者の不法行為に基づく被害者の加害者に対する損害賠償請求権の性質を有するから、民法七二二条二項の趣旨により、被害者の過失を斟酌して、右求償権のうち、加害者である被告高垣の負担すべき金額を定めるべきである。

そして、四項2の判断に従い、原告が被告高垣に対して請求できる求償権の金額は、四四三万二八〇一円(一円未満切捨て)と認める。

(計算式・4,666,107×(1-0.05))

2  原告の被告会社に対する請求について

二項1で認定した事実(主張一項5)によると、被告会社は、被保険者である被告高垣と、損害賠償請求権者である原告(一項の判断参照)との間で損害賠償額(求償権の金額)が確定したときは、その金額を原告に支払うべき債務のあることが明らかであるところ、弁論の全趣旨によると、被告会社が右債務の任意履行に応じないことが予期されるから、将来の給付請求をなす必要が認められる。

3  原告の被告らに対する弁護士手数料の請求について

二項1で認定した事実(主張一項9)及び1項の事実によると、原告は、被告高垣及び同被告の保険者である被告会社において、原告の被告らに対する求償権(債権)が存するのにもかかわらず、それを争い、原告の右求償権の請求に応じなかつたことから、本件訴訟手続を原告訴訟代理人に委任せざるを得なくなつて、右訴訟委任費用相当額の損害を被つたことが認められる。

そうすると、原告は、被告らの故意又は過失の共同行為によつて、その権利を侵害された者であつて、その権利擁護のため、訴えを提起することを余儀無くされたといえる。そして、そのような場合、原告としては、本件事件の難易、認容額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の弁護士手数料を、被告らに対し、不真正連帯債務として請求できるものと解され、右相当額は、日弁連報酬等基準規程を参考とし、かつ、遅延損害金を不当に利得しないようにして算定すると、八五万円とするのが妥当である。

六  結論

よって、原告の請求は、

1  被告高垣に対し、四四三万二八〇一円及びこれに対する同被告への請求の日の後である平成六年二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を

2  被告会社に対し、1項の判決が確定する日を期限として同金額の支払を

3  被告らに対し、弁護士手数料として八五万円及び1項記載の日から同様の遅延損害金の支払を(ただし、原告は被告会社に対しては、右弁護士手数料についても、2項と同様の期限付きで請求している)

それぞれ求める限度で理由があるので認容し、その他の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書、九三条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森脇淳一)

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